ポストモダンと散歩中

長くなりがち。

Queen of Versailles (2012) レビュー①

 YouTubeQueen of Versailles(ベルサイユの女王)というドキュメンタリーを見た。なんでこのドキュメンタリーにたどりついたのかは詳しく覚えてないけれど、他のドキュメンタリーを見ていた時に表示された関連動画の中の一つだったと思う。ドキュメンタリー自体は英語です。日本語にはなっていないけれど、非常に高い評価を得ている作品なので英語がわかる方はぜひ見て下さい。(2016年4月7日追記:日本語翻訳も出ています。)

 

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この作品は、アメリカの大富豪デイビッド・シーゲルが、全米で個人邸宅としては最大となる、ベルサイユと名付けられた大御殿を建築するということで、その経過をデイビッドの妻ジャクリーンに焦点をあて、シーゲル一家の生活を追ったものである。タイトルの「ベルサイユの女王」というのはジャクリーンを指したもの。

 

デイビッド・シーゲルはアメリカの不動産王で、Westgate Resorts社の創業者社長。高級リゾートの部屋を週割りで共同購入し所有するタイム・シェアリングのシステムを提供し、巨万の富を築いた。ネバダ州ラス・ベガスにある本社はランドマークの一つになっているほど巨大で有名で、アメリカ各地に自社所有の最高級リゾート物件を所有・管理している。

 

彼がフランスのベルサイユ宮殿に触発された大御殿をフロリダに建てようと決めた理由は、ドキュメンタリー中のコメントによると、Because I can. (それが可能であるから)というもので、御殿の中にはボーリング場やパーティができる大ホール、スパなど何でもある。内部の装飾には贅の限りが尽くされ、世界各国から取り寄せた高級建材や装飾品が使われる。この邸宅のデザインには妻ジャクリーンの要望も余すところなく取り込まれ、もう、ほんとに庶民には想像もできない豪華さなのである。

 

妻ジャクリーンは典型的なトロフィー・ワイフである。ジャクリーンはデイビッドの三人目の妻であり、デイビッドはジャクリーンにとって二人目の夫。ジャクリーンはデイビッドより30歳年下で、元ミセス・フロリダという輝かしい経歴を持つ、美貌の人だ。明らかに整形で膨らませた風船のような大きな胸の谷間を惜しげもなくさらし、40代の現在でも美しさを保つために美容整形外科でのメンテナンスにも余念がない。デイビッドはジャクリーンが40歳になったら20歳二人と交換すると冗談を言ったらしいが、デイビッドにとって本当にジャクリーンの価値はその美しさのみなのである。ドキュメンタリーの中でも描写があるが、デイビッドはミスコンが大好きで、毎年ミスアメリカコンテストの出場者を自宅に招いている。若く美しい女性たちの体に手を伸ばし、本気か冗談かもつかない様子で彼女らを口説くデイビッドは端的に言って気持ちが悪い。

 

デイビッドとジャクリーンの間には幼児から10代までの7人の子どもがいて、これにジャクリーンの姪を加えた一家はフロリダの大邸宅に住んでいる。家事や育児の一切は専門のスタッフや複数いるナニーに任せられている。ジャクリーンを扱った他の番組で、ジャクリーンは赤ちゃんをどう扱っていいか分からず、おむつを替えたことも一度もないと言っていたので、育児にはあまり関わっていないと思うのだが、このドキュメンタリーの中には子どもと時間を過ごすジャクリーンの姿が結構出てくる。長女と一緒にジムやスパに行ったり、小さい子どもを抱いて移動したり。

 

このドキュメンタリーが本当に面白いのは、当初ベルサイユの完成までを追うはずだったのに、撮影途中でベルサイユの建築が休止され、最終的に意図したものとは全く違うテーマでドキュメンタリーが完成したところである。順調に進んでいたベルサイユの建築が半ばにさしかかったところで、2008年、デイビッド・シーゲルは大きな不運に見舞われる。リーマンショックである。この全米を襲った経済危機に、Westgate Resorts社は倒産寸前にまで追い込まれた。銀行との関係が悪化し、これまであふれるように入ってきた収入が途絶え、シーゲル一家は苦境に立たされる。

 

裕福だった前半と(それでもまだ金持ちだけれど)金銭的な節制を強いられた後半の対比が、すごい。最初に登場した時、デイビッドとジャクリーンは仲睦まじく、幸せそうだった。デイビッドは王座のような豪奢な椅子に座り、自信に満ちあふれたカリスマ性のある成功者としての彼が見て取れた。それが、経済的に傾いていくにつれ、余裕がなくなり、怒りっぽくなって、後半のインタビューで椅子に座ったデイビッドは疲れ果て、輝きをなくし、魅力がなくなっている。象徴的なのは家の中で誰も使っていない部屋の電気がつけっぱなしだったことで妻に小言を言うシーンで、鷹揚だった彼は見る影もない。最初から最後まで彼のテーマは「金」だった。

 

一方、ジャクリーンの方は、最初から最後まであまりキャラクターが変わらない。彼女は強いのだ。良い時も悪い時もずっとデイビッドに添う、私が彼から離れるのは私が死ぬ時だ、と言い、変わっていくデイビッドを気遣い続ける。過去の人生にアップダウンがあったから、これくらい平気だと強がる。この後半で、私は彼女を見直した。ジャクリーンには虚栄心が強く浅はかなところがあるけれど、お金がなくなったからと言って夫を見捨てるような人ではないのである。しかし、これは彼女が状況を正確に知らされていなかったからかもしれない。ドキュメンタリーの最後に、ジャクリーンは一家の経済状況が思っていたより悪かったことを知らなかった、と明らかにする。知らなかったからこそ楽観的になれたのかもしれないし、時にストレス解消のために衝動買いをしてしまったシーンも、それなら納得がいく。

 

経済的な状態が悪化したあとのシーゲル一家の生活は痛ましいものがある。片付ける人がいないので屋敷は散らかり放題、たくさんのペットも放置され、床には犬の糞が散らばり、気付かない間にペットのは虫類は干涸びている。ドキュメンタリーはベルサイユが未完成のまま終わる。経済的な状況は悪化の一方で、ベルサイユどころか現在住んでいる家も失う可能性があることを示唆して、ドキュメンタリーは終わる。

 

このドキュメンタリーを見た後、自分がどのような感想を持ったのかよく分からなかった。とにかく、いろいろなことが衝撃的だった。ジャクリーンは嫌いになれなかった。デイビッドも、傲岸不遜で高圧的な醜悪な人だ、とは思ったが、非常に人間的で、その凋落をざまあみろとは考えなかった。ただ、苦境に立たされた時こそその人の本質が現れるのだなと感じた。経済格差の大きいアメリカでは、このドキュメンタリーはカタルシスを生んだのではないだろうか。デイビッド・シーゲルはアメリカン・ドリームの体現者であるが、一方で資本主義社会の大多数を占める低所得者の敵でもある。消費への態度、家庭内の白人雇用者ー外国人労働者の権力関係、家族内の人間関係の希薄さなど、多くの点でシーゲル家はアメリカを象徴している。

 

お金持ちがお金を失ったら、今まで他人に任せていたことを自分でしなくてはならなくなるが、それまでやったことがないのでもちろんできない。つまり、お金持ちからお金をとると、生活力が普通の人以下になってしまう。そういった意味では、お金があるということはそのお金を維持する必要性が生まれるということなので、非常にプレッシャーがかかることである。作品中で、ジャクリーンが「お金がなくなったらこの子たちは大学に行かなくちゃいけなくなる」と言っていたのはつまり、そういうことである。消費するお金がある限り、子どもたちは生産的である必要はない。しかし、お金持ちの生活をしていて、途中でお金がなくなってしまったら、その時点で元々お金がない家に生まれ育った人たちのスキルを一から学ばなくてはならないので、より大変である。また、ジャクリーンの教育に対する態度は非常に消費主義的である。大学教育は仕事を得るためのもの、つまり働かなくてよい人は大学に行かなくてよいという見方だ。大学教育が教養や人格育成のためであるとは考えもしていない。

 

さて、タイトルの「ベルサイユの女王」というのはベルサイユ邸宅の女主人となるべきジャクリーンのことを指していると先述した。しかし、元祖ベルサイユの女王はマリー・アントワネットである。マリー・アントワネットオーストリアの王女で政略結婚してフランスのべルサイユ宮殿に輿入れした。彼女は美しく、贅沢好きで、そして最後には破滅する。なかなか暗喩的であると思う。

 

この人たちはどうなったのだろうと興味がわいて、いろいろ調べてみた。長くなったのでシーゲル一家のその後は次回。