ポストモダンと散歩中

長くなりがち。

Queen of Versailles (2012) レビュー②

先日、ドキュメンタリーQueen of Versaillesの紹介をした。

 

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 私はこのドキュメンタリーを見た後、シーゲル一家がどうなったのかとても気になって少しリサーチをした。

 

その結果いくつか分かったことがある。

まず、デイビッド・シーゲルの事業は持ち直し、現在では過去にもまして成功している。ベルサイユは完成し、一家はそこに移り住んだ。

ジャクリーンとデイビッドは結婚を継続している。ジャクリーンはますますいかにも整形という容姿になり、メディアの露出が増え、セレブ妻として有名になった。

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Celeb Wife Swapという大人気のリアリティ・ショーにも出演を果たした。この番組ではセレブリティの妻が一週間生活を交換するというものだが、ジャクリーンが交代したのはジェレミー・ロンドンという俳優の妻ジュリエットで、贅沢づくしのジャクリーンの生活と落ち着いた牧場での暮らしを営むロンドン夫妻の生活が対照された。もちろんジャクリーンはこの生活に馴染めず、自分のスタッフを呼び寄せてジェレミー・ロンドンに閉口される。一方ジュリエットは「良い母」として子どもたちに気を配り、子どもたちの信頼を勝ち取る。ジュリエットのジャクリーンに対しての批判が独善的に思え少々不快だったが、演出上ジャクリーンを悪者に仕立て上げるための構図としてはなくてはならないものだろう。

 

一家の暮らし向きが回復してから出演したインタビューで、ジャクリーンはドキュメンタリーについて語った。

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このインタビューの中で、ジャクリーンは、ドキュメンタリーは一家が困窮しているように見せているが、実際はそんなことはなかったし全く心配していなかった、と語った。家中に散らかった犬の糞について言及されると、病気の犬がそこかしこで粗相してしまったのでたまたま映っていただけで、糞の中で生活していたというのは事実ではないと述べた。ジャクリーンの中ではドキュメンタリーの内容は現在のパブリック・イメージを損なうものなのかもしれない。私はドキュメンタリーの中のジャクリーンは人間味があって素の表情を見せていたので好感をもっていたが、人が変わってしまったようなこのインタビューには少し驚いた。

 

2015年6月、シーゲル家の長女ヴィクトリアが薬物の過剰服用で亡くなった。自殺か事故かはわからないが、亡くなったとき彼女はベルサイユに一人だった。旅行に行っていた家族が帰宅し、発見した。ヴィクトリアは18歳だった。彼女の葬儀でジャクリーンはスマートフォンで自撮りをしているらしきところをメディアに放映され、大きな批判を浴びた。

 

なんだかお腹いっぱいになった。裕福だから幸せだとは限らないんだなあという無難な感想に落ち着けてもよいのだが、それでもなんだかもやもやするのだ。

金は人を不幸にするのだろうか。シーゲル一家は不幸なのだろうか。彼らに金がなかったらもっと不幸なのではないだろうか。大金持ちの、一般庶民からすると反感を買いやすい生活スタイルと言動は、そんなに批判を浴びるべきものなのか。彼らには彼らのロジックがあり、それは大多数の人々のロジックとはことなっているかもしれないが、どちらが間違っているとは言えない。

シーゲル一家が大金持ちで消費を中心とした生活を送っていることよりも、むしろ彼らの生活がメディアでおもしろおかしく消費される方が、私は問題だと思う。メディアを通してシーゲル一家のイメージが作り上げられ、一方的に大衆の非難にさらされるのは、例えば多感な時期の子どもたちにとって大きなストレスになったのではないか。

富の集中や無駄の多い消費など、社会的な問題としてシーゲル一家のあり方をとらえることは可能だと思う。しかし、YouTubeのコメントを見ると、ほとんどがシーゲル夫妻の人格批判に終始している。つまり、これらの動画を見ている人は、大金持ちの生活を垣間みて、批判して溜飲を下げ、相対的に自分の価値観を正当化しているのだ。しかも、これらの反応は転じてシーゲル一家のパブリシティとメディアの餌となる。

シーゲル一家にとって、ドキュメンタリーを撮らせたことはどんな意味をもっていたのだろうか。ドキュメンタリーなどに出ず、価値観を共有する人たち、つまり似たようなお金持ちとの輪の中で生活を完結させていれば、あるいはヴィクトリアは今も生きていたかもしれない。